「マツコの知らない世界」に フードファイター小林尊、赤坂尊子来襲!

5月3日放送の「マツコの知らない世界」に
フードファイターのレジェンド来襲!

フードファイターレジェンドと言われた
小林尊と赤坂尊子がやって来る。

「大食い」という言葉に市民権を与えたと
いっても過言ではない二人。
まさにレジェンドという表現がふさわしい。

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小林尊は2015年5月5日にも
「マツコの知らない大食いの世界」
に登場している.

が、今回は
赤坂尊子、新井和響、マイケル高橋、
ジャイアント白田ら、往年の
大食いスーパースターも勢揃い。

大食いファンにとっては感涙必至!

「フードファイターの賞金額?」
「普段の食生活?」
「フードファイターあるある?」

等々、気になる話題がてんこ盛り!
更には、夢のドリームマッチも実現。
なんと、マツコも参戦!!
絶対に見逃せない!!!

以下が出演するフードファイターの
プロフィールだ。

小林尊(ニューヨーク在住)

2000年当時、テレビ東京で
放送されていた「全国大食い選手権」
でデビュー。
赤坂尊子、新井和響などの
大食いスーパースターを抑え、
見事優勝。

翌年には
「フードバトルクラブ」第1回大会優勝。
大食い・早食いの統一王者となる。

そして白田信幸(ジャイアント白田)らと
「Food Fighter Association(FFA)」
を結成、大食い・早食いを「スポーツ」
として確立させ、
大食いブームを巻き起こす。

2004年からは舞台をアメリカに移して活動。
その後は数々の大食い・早食い大会で
優勝や世界記録を樹立し、

FOXスポーツネット
「スポーツ界で最も恐れられている選手10人」

ESPN
「スポーツ史上最も支配的なアスリート」
ニューズウィーク日本版
「世界が最も尊敬する日本人100人」

CNN
「アジアの偉大なスポーツヒーロー」

等々、海外メディアからは
伝説のフードファイターと形容される。

赤坂尊子

小林尊に先駆けること6年、
1994年にテレビ東京「第4回大食い選手権」
で初優勝。

その後優勝5回、準優勝4回の成績を残し
「女王赤坂」「飢えるジャンヌダルク」
の異名を持つ。

特に甘味系では、無類の強さを誇った。
1990年代の、まだ女性のフードファイターが
少ない時代の、元祖「女王」的な存在。

2000年11月大食い選手権で小林尊に敗れた時
「尊くんの尊は、尊子の尊と一緒。
私の後を継いでくれるような気がする。」と、
小林尊に後を託す発言をする。

第一線を退いた後は大食い番組の見届け人を
務め、後輩フードファイターへの
アドバイザー役となる。

新井和響

前出の2人と同じく、TVチャンピオン出身。
「超特急」「弾丸ファイター」の異名を持つ。

早食いと激辛を得意としていたが、
大食いだけは
タイトルを獲得する事が出来なかった。

現在は大食いを引退しサラリーマンに。
結婚をして、子供さんにも恵まれ、
綺麗な奥さんと幸せな生活を送っているそう。

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白田信幸(ジャイアント白田)

2001年4月にTVチャンピオンで
大食いデビュー。

同年9月には
「大食いスーパースター頂上決戦」で早くも優勝。
10月に「フードバトルクラブⅡ」でも優勝。

早くも大食いスーパースターの頭角を現す。
その後、小林尊らとFFAを結成。

数々のタイトルをものにし、
2007年にフードファイターを引退。
現在はバラエティー番組やイベントなどで活躍中。

高橋信也(マイケル高橋)

金髪・褐色の肌という風貌から
「マイケル・高橋」と名づけられた。
「褐色の弾丸」「平成のビックウェーブ」
の異名を持つ。

主に早食いを得意とし、「TVチャンピオン」
「フードバトルクラブ」を中心に活躍した。
外見通り(?)趣味はサーフィン。
見かけによらず(?)、書道六段の腕前。

テレビ東京「TVチャンピオン」

1992年から連綿と続いてきた「大食い」企画。
途中、2002年に中学生が給食で番組の
真似をして喉に食べ物を詰まらせて亡くなる
という不幸な事件が起きた。

大食い番組が次々と
自粛されていくという危機もあったが、
現在でもなお「大食い」の番組は存続している。

ある番組でMCが言っていた。
「大食いは選ばれし者だけが許される神の領域」
その言葉通り、常人には到底
真似の出来ない大食い・早食い。

だからこそ、人々が惹きつけられ、
感動するのだろう。

だから、「フードファイター」は
昔も・今も・未来も変わらぬ「ヒーロー」
なのかもしれない。



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