ムロツヨシは喜劇役者!ムロ本でわかるムロツヨシとは?:ゴロウ・デラックス

TBS「ゴロウ・デラックス」で、
今、ドラマ、映画、バラエティ番組で
抜群の存在感を発揮している
ムロツヨシが喜劇役者として紹介された。

彼が書いた「ムロ本」を取り上げ
彼のこれまでの軌跡を紹介。
ムロツヨシファンには、嬉しい番組だった。

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番組進行のキモである課題図書は、ムロツヨシの「ムロ本」。
自身の私小説とも言われているこの本を取り上げ、彼のこれまでの軌跡を紹介してくれた

ムロ本とは

ムロ本とはムロツヨシが「プラスアクト」でブレイク前から書いていた本で、私小説、オリジナルの劇台本、芸能界の交友関係などを書いている(全400ページ)本のこと。
ムロツヨシのすべてが詰まった渾身の1冊だ。

文中によく使われる「、、、」。
これは「ムロツヨシの特徴」となることを期待しているらしい。

なぜ喜劇役者を名乗っているのか

ずーっと舞台で喜劇をやりたいと思っていたので名乗らせていただいている、らしい。
もし「喜劇役者なんだから笑わせてみろよ」と言われたら「違うんです、喜んで劇をする役者なんです」と言い訳も用意してあるそうだ。

ムロツヨシが出演した番組を振り返る

ムロツヨシが、本格的に映像に出たのは
2005年
「サマータイムマシン・ブルース」
「交渉人真下正義」…ユースケ・サンタマリアや柳な敏郎の隣りにいた、らしい。

2007年
「ガリレオ」…1話で柴咲コウにインタビュー?を受ける人。

これまではワンカットが多かったのでワンカット芸人と自分でも呼んでいた。

世間があの人誰?となったのは

2011年
「勇者ヨシヒコ」は大きな転機になった
2013年
「ごちそうさん」で人に声をかけられるようになった。

29歳までバイトをしていた

バイトを辞めるきっかけはユースケ・サンタマリアだった。
ユースケに「バイトを続けていたら君の性格ならのらりくらり食べていけちゃうからバイト辞めなさい」と言われ、30歳の前日にやめた。

バラエティに出る理由

舞台は、ムロツヨシを知って貰わなきゃいけない。
バラエティでムロツヨシは何なんだと思ってもらい、舞台をやっているなら見てやろう、と思ってもらえたらいい。先輩のユースケや大泉のように、役者が本業なのに見てて楽しい。
とにかく覚えてもらって、いつか逆転してすればいい、と思っている。

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ムロ本『数ある記憶の中から―自伝的な』の中のムロツヨシ

数という主人公として「両親の離婚」「役者としての転機」「ムロツヨシの過去」を描いている。
最初にある記憶は、両親の喧嘩の時の様子や母が出ていった時のこと。

「しんどい記憶」は友人に「不幸自慢になる」と言われたが…自分に向けて書かせてもらっている。

・離婚した後、母とは会っていない。
・21歳で家を出た時から、父と会っていない。
・役者になる時、ばあちゃんにはすごく泣かれた。

台本…本広監督に自分を売り込んだ話

仲間と小劇場で舞台をやっていた時、それを見に来てくれていたのが本広克行監督。
その後の飲み会の席で、監督が「踊る―」の監督と聞き自分を売り込んだ。

出れるとは思っていなかったが、ある日プロデューサーから連絡をもらう。
その時監督からの指名だと聞かされる。
「お前の野心はキレイだ」「そこまでと言うなら1回使ってやる」「自分の思うようにできるか試してみなさい」と言われ、裏切っちゃいけないとがむしゃらに頑張った映画が「サマータイムマシーンブルース」だった。

その後、「踊る―」のスピンオフの噂を聞きつけて、監督に「出さして下さい」と言ったら「考えとくわ」と言われた。
台本を渡してくれたプロデューサーが言うには…実はムロが出ることは決まっていたらしい。

「ムロが『絶対出さして下さい』って言いにくるからそれまで待て」って言われていた。
「こっちから言ったら、絶対調子に乗るから絶対言うな、それまで待て」と。
案の定来た、と…(笑)。

台本…世話になっている二人に台本を見せた時のこと

その後、吾郎たちが「ムロ本」を朗読。

いとこと幼馴染みとの会話。
突然ムロが姿を見せる時は「お金を借りたい時」と思っていた二人。

今度もそうだろうと思っていたら、ムロから自分が出る映画の台本を渡された、その時の話だ。
…結構ジーンときた。

「これは、喜劇」で締める理由

すべての話を「これは、喜劇」で一文を締めくくっている。
その理由を聞かれたムロは…
自分が最後、何かが終わる時に、悲しいことも「喜劇だったな」と捉えたいし思いたい。
それが喜劇役者を名乗る理由でもある、と答えていた。

ムロツヨシは、只者ではない、頭のいい役者なんだと、改めて思った。

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