直虎:正次の辞世の句。#早虎に注目!ネタバレ・感想ありから読み取ってみた。

先週、直虎は正次を槍で突き刺した。
その現実に耐えられず、未だ碁を打ちながら正次を待つ直虎…。

和尚や身近の者たちも直虎を心配するが…彼女を現実に引き戻したのは、正次の辞世の句だった…。

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直虎に寄り添う龍潭寺の僧侶たちと辞世の句

辞世の句とは、この世を去る時などに読む句のことだ。

正次が牢に残した直虎への辞世の句は

白黒をつけむと
君を
ひとり待つ

天(あま)つたふ日ぞ
楽しからずや

直虎が落ち着いた様子を見て、部屋に戻った昊天傑山から正次の辞世の句を書いた紙を渡される

この句を見た昊天は「良い句(うた)ではないですか。あの世でゆるりと待っておるゆえ、案ずるな、と」と解釈する。

「鶴らしい」と傑山。鶴とは正次の幼少期の呼び名だ。

南渓和尚は「今度は、わしが見てこよう。正次が待っておるなら行かねば、といい出しかねんからのう」と言い「そうですね。」と昊天も同意する。

「正気に戻ってからむしろ…」と直虎の心を思いやる。正気に戻ったほうがもっとキツイだろう、と言いたいらしい。

「アヤツにとっては誠に辛いところじゃからのう。」と南渓も同じように感じているようだ。そして直虎の様子を見に行く南渓…。

龍潭寺のこの三人は、正気に戻った直虎の様子を心配し、見守るために起きているらしい。

傑山がここで正次のことを鶴と呼ぶ辺り、二人を小さい頃から見てきた、三人の温かい心が伝わってくる。

正次の辞世の句の意味

あの世でゆるりと待っているおるゆえ、案ずるな

と、昊天は正次の辞世の句を解釈をしてくれた。

が、先週放送後から、今日の「早虎(BSで一足早く直虎を見た人々)」の面々も、ネット上で実にいろいろな解釈をしてくれている。

自分もこれらを参考に、もう少し突っ込んで解釈をしてみようと思う。

この句は牢屋の中で正次が詠んだ句だ。

だから、その時の心情で書いた句、という見方と、あとで直虎が見てくれることを予想して書いた句、という見方で若干違いがあるようだ。

その時の心情で書いた句の解釈

白い碁石をもたせたことを伏線とし…

白黒をつけむと
君を
ひとり待つ

この場合の白黒は正悪という意味合いではないか、という見方。

(裏切った正次を直虎の手で)自分を殺して白黒をつけることを願って君(直虎)を待つ、という意味、という見方がある。

天(あま)つたふ日ぞ
楽しからずや

この場合の「天」は、あの世のことで、(直虎が殺してくれるのなら)あの世に行くのも楽しいものだと言う解釈。

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あとで直虎が見てくれることを予想して書いた句

一方で、昊天の解釈的に考えれば

白黒をつけむと
君を
ひとり待つ

・「白黒をつけむ」は「囲碁をしよう」ということ。
・その相手は「君」である「直虎」のこと。
・「ひとり待つ」とは「自分があの世に先に行って待っているぞ」ということ。

天(あま)つたふ日ぞ
楽しからずや

・「天(あま)つたふ日ぞ」は「直虎が、いつかあの世に行く日」を指していて
・「楽しからずや」は(その日を待っているのは)「楽しい事ではないか」ということ、らしい。

(あの世で)直虎と囲碁をするため自分が先に行って直虎を待っている。直虎が、あの世に来る日を楽しみにしている。

3つ目の解釈

以前、正次が碁盤のある部屋で直虎と碁を打つのを待っているシーンがあった。

白黒をつけむと
君を
ひとり待つ

これから直虎と碁を打つため(直虎を)一人で待っている。

そして、いつか「これからは陽のあるところで碁が打てるな」と話もしていた。

天(あま)つたふ日ぞ…陽のあたる場所で打てる日
楽しからずや…楽しいだろうな

陽のあたる場所で碁が打てる日が来たら楽しいだろうな。

若干、無理もあるが、これもわからなくもない。

リアル戦国時代でも辞世の句は幾つか、残されている。死ぬ覚悟というのも信じられないが、本当に昔の人は、潔いというか、頭がいいというか…。

さて次回は、「龍雲丸」がポイントのようだ。

楽しみに待とう!

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