凧あげの「たこ」は「いか」だったのに屁理屈で「たこ」になったらしい…

正月の風物詩として「凧(たこ)あげ」を思い浮かべる人もいるだろうが、最近は見かけることも少なくなった。

凧あげの「凧」は、食べるタコ=蛸とは漢字が違うので、別の意味があるのかな?ぐらいには思っていたのだが…

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令和2年の最初の「チコちゃんに叱られる!」
オープニングは着物姿のチコちゃんが「2020年になっても永遠の5歳、今年もよろしく!」と挨拶をした。

さらに、タイトルも「去年の今頃はまだ平成だったのにもう令和二年なの?あ~今年もまだ残り363日もあるのか…スペシャル!」。

今回は「88分拡大版」、ゲストは、1月19日から始まる大河ドラマ「麒麟がくる」の出演者、長谷川博己、門脇麦、堺正章の3人だ。

凧あげは、なんで「たこ」なの?

「いつまでも子供心忘れない大人」という事で指名されたのは長谷川。

チコちゃんに「凧あげは、なんで『たこ』なの?」と聞かれる。

長谷川の答えは「海の中のタコは足を広げ、逃げる。(海の中で)空を飛んでるかのようにふわっとなるからたこあげ」と答えるがチコちゃんに「ボーと生きてんじゃねーよ!」と言われる。

〇チコちゃんの答え
⇒たこあげがタコなのはイカが禁止されたから

昔は「いか・いかのぼり」と呼ばれていた

日本の民俗学に詳しい法政大学の長沢利明先生。
先生は「たこあげのたこは昔は『いか』あるいは『いかのぼり』と呼ばれていた」という。

たこの起源

紀元前4世紀ごろ

たこの起源は、紀元前4世紀ごろの中国で使われていた「紙鳶(しえん)」といわれている。

戦(いくさ)の時、遠くの味方に合図を送る目的で使っていたもので、(敵に)怪しまれないために野鳥に似せた形をしていた。

平安時代・江戸時代

その後(平安時代)日本に伝わった紙鳶は、魔物や病気などが風に乗ってくるのを追い払う「厄払いの道具」として使われる。

それが転じて縁起物になり、全国に広まって月日と共に様々な形のものが生まれた。

・八ツ凧(茨城・日立)
・会津唐人凧(福島・会津若松)
・バラモン凧(長崎・福江)
・福助凧(愛知・安城)
・ふぐ凧(山口)
・ハタ(長崎)
・雷どうじん凧(福岡、北九州)
・古流せみ凧(愛知・名古屋)
・連凧
…など

江戸では空中でバランスをとれるようにするため、数本の長い髪や糸が付いたものが多く使われるようになる。

「ひらひらと足のようなものが付いていたこの形が、あたかも海のイカのように見えたわけです。だから江戸時代にはこれを『いか・紙鳶(いかのぼり)』と呼び、大流行した」と先生。

江戸時代、「いかのぼり」は子供だけでなく、大人の遊びとして楽しまれ、お正月に限らず日常的な娯楽の一つだった。

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「いか」が「たこ」になったわけ

ここで「NHK新春たぶんこうだったんじゃないか時代劇」が始まった

タイトル「三代目暴れん坊将軍」~いかあげてあいかあげないでたこあげて~

正保3年江戸…
町人に交じって糸を手繰る男っぷりのいい三代目将軍徳川家光(役:目黒祐樹)。将軍は、町人に身をやつし、いかのぼりに興じ、町人(役:池田鉄洋)と張り合っていた。

家光と町人のたこがぶつかり、喧嘩になりそうになったが、家光が押さえこみ、笑う。

大ブームだったいかのぼりは、しばしば上空で接触。それが原因で喧嘩が多発。さらに落下した「いかのぼり」が人にあたり、けが人や死者が出る事態になるなど当時の社会問題になっていた。

そして…
正保3年3月25日火のついたままいかのぼりが江戸城に落下。
テロなのか事故なのかはわからないが大事には至らず犯人もわからずじまい。

この事態に江戸幕府は町奉行を通じていかのぼり禁止令を発令

いかのぼりが禁止になり、面白くない町人。そこに現れた家光、町人との会話の中で、「紐がひらひらしているイカあげがタコに見えなくもない」という。

江戸の庶民は「いかが禁止になったのなら、たこをあげればいいんだ」という事で屁理屈を思いついた。

江戸城内で家光が空を見上げると「いかあげ」が上がっていた。家来が「不届き物が!すぐにひっとらえてまいります」というが、「町人たちは『あげているのはいかではなくたこだ』と言い張っている」と聞くと家光は「許す!」と一言。

いずれにせよ、庶民の屁理屈から生まれた「たこ・たこのぼり」は同じように流行していった。

しかし「たこ」になっても、もめごとは同じように起こり…いかのぼり禁止令の10年後、明暦2年「たこのぼり禁止令」が発令された。

この禁止令を庶民は無視し続ける。(江戸では様々な禁止令があったため、奉行は多少の事には目をつぶっていた)。

年中楽しまれてた「たこあげ」がお正月には、家内安全・商売繁盛を祈願してあげられ、その習慣が現在にも残っていると考えられている。

「こうだったんじゃないか時代劇」のVTRを見た先生にスタッフが「こういうことでしょうか?と聞くと「いかとたこの歴史が良く再現されていた」と褒めてくれたが一方「(家光に関しては)実際ありえないよね」と笑った。

まとめ

中国の空中に飛揚させる物「紙鳶(しえん)」が日本に入ってきて、付いている長い紙が「いかの足」にみえたたため「紙鳶(いかのぼり)」という名前になり、流行し事故が多発した。

そのため「いかのぼり」禁止令が出され、それでもやりたかった江戸庶民が「いかがダメならたこをあげればいいんだ」と屁理屈で名付けたから「たこ」になった…ということらしい。

なるほど、面白いエピソードだ。

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